生きる意味とは?

生きる意味とは?
生きる意味とは?

フラワー オブ ライフ その形

今日は、みどり工房でのヨガ教室の日でした。
ヨガクラスの後、美味しい珈琲をいただきながら、なかなか濃い話になりました。

その中で、「生きる意味」がわからない、また、「生きる意味」とは何か?という話になりました。

私はいつもそのことを考えるとき、この人の言葉を思うのです。

ヴィクトール・フランクル
ヴィクトール・エミール・フランクル(Viktor Emil Frankl/1905年3月26日-1997年9月2日)は、オーストリア・ウィーン出身の精神科医、心理学者。『夜と霧』の著者として知られる人物であり、同書はフランクルが第二次世界大戦中にユダヤ人である為にナチスによって強制収容所に送られた経験を元に書かれており、世界17カ国語以上に翻訳され、60年以上に渡って読み継がれています。(参考文献・出典:ウィキペディア+Amazon.co.jp書籍紹介情報)

著書
主な著書(邦訳書)に「夜と霧」「時代精神の病理学」「死と愛」「識られざる神」「精神医学的人間像」「神経症Ⅰ・Ⅱ」「宿命を超えて、自己を越えて」「それでも人生にイエスと言う」「制約されざる人間」「「生きる意味」を求めて」「意味による癒し ロゴセラピー」「意味への意思」「フランクル回想録―20世紀を生きて」「苦悩する人間」「生きがい喪失の悩み 現代の精神療法」「人間とは何か 実存的精神療法」などがある。

*ヴィクトール・フランクルの名言集*

そもそも
我々が人生の意味を
問うてはいけません。

我々は人生に
問われている立場であり

我々が人生の答えを
出さなければならないのです。

祝福しなさい
その運命を。

信じなさい
その意味を。

どのような状況になろうとも
人間にはひとつだけ
自由が残されている。

それは
どう行動するかだ。

私たちは、人生の闘いだけは
決して放棄してはいけない。

幸せは、目標ではないし
目標であってもならない。

そもそも目標であることも
できません。

幸せとは
結果にすぎないのです。

涙を恥じることは
ありません。

その涙は
苦しむ勇気を持っていることの
証なのですから。

人間は緊張のない状態など
本当は求めてはいない。

心の底では目標に向かって
苦闘する日々を
望んでいるのだ。

苦難と死は
人生を無駄にしない。

そもそも苦難と死こそが
人生を意味あるものにする。

何か、迷うことや、自分を失いそうになる時や投げ出したくなる時に、
この言葉のいろいろを思います。

特に太字にした言葉は、私に強く語りかけてきます。

人生の意味は何だろうと問うことなどいりません。
人生から問われているのです。

そう考えると、ほんとに生きること自体が腑に落ちます。

人生は向こうからいろいろ問いかけてきます。
それは、なぜ自分がこんなことになるのか?と理不尽に思うことさえあります。
それこそが、その問いに自分で答えを出していくことこそが生きるということなのでしょう。
そして、
それはまさしく死と向き合うことなのだと思います。

死こそが生きるということを際立てて教えてくれることなのでしょう。
死にたいと思うほど苦しくても、心配しなくても、いつの日か必ず死が訪れます。
自分で死に急ぐことはありません。
また、死を恐れる必要もありません。
先に知ろうとしても、死んだ人は誰も教えてくれません。
ただ、受け入れるしかありません。

いつも、そう思っています。

そんな大切な話ができる人、時間に恵まれていることに、ただ、感謝します。

合掌

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