幸福とは何か?

幸福とは何か?
幸福とは何か?

幸福と感じるということ

幸福とは何か?
アリストテレス以来の哲学的命題です。
ヨガでも考える課題として何度も出てきます。

 

京都大学医学部教授の本庶 佑氏が『いのちとは何か』という著書で

 

“幸福と感じることについて、根本に快感があり、快感とは欲望を満たすことであり、欲望の大きなものは食欲、性欲、権力欲(競争欲)といったものである。
生物学的に、これらの欲望は、ヒトが生きるために、ヒトに快感をもたらす要因は、生きながらえるために必要だからである。”

 

という部分があります。本当にそのとおりです。

 

生きるということ

 

幸福とは何か?と考えるとき、同時に、生きるとは何か?と、考えます。

 

哲学的ヨーガのギヤーナ・ヨーガで、
幸福とは、自分の外側にあるのではなく、内側にあると教えられます。
物の豊かさ、感覚の満足の中にはないということです。

 

それでは、内側とは何か?
心なのか?魂なのか?
それでは,
心とは何か?魂とは何か?

 

どんどん考えると、どこまでも果てしなく考えることになり、
なんだか頭がぱんぱんに膨れ上がったように感じるでしょう。

 

そもそも、生きるとは幸福でないといけないのかという疑問にぶち当たります。

 

先天的、後天的に障害のあるヒト、あるいは、病気と闘っているヒト。
災害、事故に遭遇したヒト、など、他にもいろいろ、
客観的に幸福とはいえないかもしれない人生。

 

けれども、毎日を精一杯生きる。
そして、そのヒトたちの生き方に、胸が詰まったり、
熱くなったり、頑張って生きていこうと教えられたりするのはなぜか?

 

確かに、幸福とは、自分の内側にあるとしたら、幸福を客観的に判断するということが間違っているのかもしれません。
他人とは比べないということが、本当に大切だということがわかります。

 

死ぬまで精一杯生きるという幸福

 

この世の中に、100パーセント確実ということはないのですが、唯一、誰しも、生まれたら死ぬということだけは確実です。

 

生きるということは、死ぬときまで、生きるということです。
それは、いつなのか自殺でない限り、自分のことでもわかりません。
死ぬ時が来るから、生きられる。
もし、いつまでも死なないとしたら、恐ろしくて生きてられません。
これは、早く死にたいとか、どうせ死ぬんだからとかとは、全く違います。
むしろ、逆で、死ぬからこそ、その時まで精一杯生きるということです。

 

そう、考えると、幸福とは、生きているということではないかと思うのです。

 

そうなると、今生きているヒトは、それだけで幸福ということになります。

 

誰か教えてください。とは、絶対言ってはいけません。

 

自分で考えるということが、何より大切なのではないでしょうか。

最新の情報をフォローする follow us follow us